大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成10(オ)1081 判決

主 文

本件上告及び附帯上告を棄却する。

上告費用は上告人の、附帯上告費用は附帯上告人らの負担とする。

理 由

上告代理人細川清、同富田善範、同齊木敏文、同永谷典雄、同山中正登、同大竹た

かし、同林圭介、同中垣内健治、同近藤秀夫、同渡部義雄、同山口清次郎、同平賀

勇吉、同星昭一、同安岡邦信、同小林隆之、同高柳安雄の上告理由について

一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1 亡T(以下「T」という。)は、昭和四年一月五日に出生し、同三八年から

「U」の信者であって、宗教上の信念から、いかなる場合にも輸血を受けることは

拒否するという固い意思を有していた。Tの夫である被上告人・附帯上告人B1(

以下「被上告人B1」という。)は、「U」の信者ではないが、Tの右意思を尊重

しており、同人の長男である被上告人・附帯上告人B2(以下「被上告人B2」と

いう。)は、その信者である。

2 上告人・附帯被上告人(以下「上告人」という。)が設置し、運営している

V病院(以下「V」という。)に医師として勤務していたWは、「U」の信者に協

力的な医師を紹介するなどの活動をしている「U」の医療機関連絡委員会(以下「

連絡委員会」という。)のメンバーの間で、輸血を伴わない手術をした例を有する

ことで知られていた。しかし、Vにおいては、外科手術を受ける患者が「U」の信

者である場合、右信者が、輸血を受けるのを拒否することを尊重し、できる限り輸

血をしないことにするが、輸血以外には救命手段がない事態に至ったときは、患者

及びその家族の諾否にかかわらず輸血する、という方針を採用していた。

3 Tは、平成四年六月一七日、国家公務員共済組合連合会X病院に入院し、同

年七月六日、悪性の肝臓血管腫との診断結果を伝えられたが、同病院の医師から、

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輸血をしないで手術することはできないと言われたことから、同月一一日、同病院

を退院し、輸血を伴わない手術を受けることができる医療機関を探した。

4 連絡委員会のメンバーが、平成四年七月二七日、W医師に対し、Tは肝臓が

んに罹患していると思われるので、その診察を依頼したい旨を連絡したところ、同

医師は、これを了解し、右メンバーに対して、がんが転移していなければ輸血をし

ないで手術することが可能であるから、すぐ検査を受けるようにと述べた。

5 Tは、平成四年八月一八日、Vに入院し、同年九月一六日、肝臓の腫瘍を摘

出する手術(以下「本件手術」という。)を受けたが、その間、同人、被上告人B

1及び同B2は、W医師並びにVに医師として勤務していたY及びZ(以下、右三

人の医師を「W医師ら」という。)に対し、Tは輸血を受けることができない旨を

伝えた。被上告人B2は、同月一四日、W医師に対し、T及び被上告人B1が連署

した免責証書を手渡したが、右証書には、Tは輸血を受けることができないこと及

び輸血をしなかったために生じた損傷に関して医師及び病院職員等の責任を問わな

い旨が記載されていた。

6 W医師らは、平成四年九月一六日、輸血を必要とする事態が生ずる可能性が

あったことから、その準備をした上で本件手術を施行した。患部の腫瘍を摘出した

段階で出血量が約二二四五ミリリットルに達するなどの状態になったので、W医師

らは、輸血をしない限りTを救うことができない可能性が高いと判断して輸血をし

た。

7 Tは、Vを退院した後、平成九年八月一三日、死亡した。被上告人・附帯上

告人ら(以下「被上告人ら」という。)は、その相続人である。

二 右事実関係に基づいて、上告人のTに対する不法行為責任の成否について検

討する。

本件において、W医師らが、Tの肝臓の腫瘍を摘出するために、医療水準に従っ

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た相当な手術をしようとすることは、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事す

る者として当然のことであるということができる。しかし、患者が、輸血を受ける

ことは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明

確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容と

して尊重されなければならない。そして、Tが、宗教上の信念からいかなる場合に

も輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血を伴わない手術を

受けることができると期待してVに入院したことをW医師らが知っていたなど本件

の事実関係の下では、W医師らは、手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が

生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には、Tに対し、Vとしてはそのような

事態に至ったときには輸血するとの方針を採っていることを説明して、Vへの入院

を継続した上、W医師らの下で本件手術を受けるか否かをT自身の意思決定にゆだ

ねるべきであったと解するのが相当である。

ところが、W医師らは、本件手術に至るまでの約一か月の間に、手術の際に輸血

を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、Tに対し

てVが採用していた右方針を説明せず、同人及び被上告人らに対して輸血する可能

性があることを告げないまま本件手術を施行し、右方針に従って輸血をしたのであ

る。そうすると、【要旨】本件においては、W医師らは、右説明を怠ったことによ

り、Tが輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をす

る権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したも

のとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものとい

うべきである。そして、また、上告人は、W医師らの使用者として、Tに対し民法

七一五条に基づく不法行為責任を負うものといわなければならない。これと同旨の

原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法があるとはいえない。論

旨は採用することができない。

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附帯上告代理人Aa、同Ab、同Acの上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし

て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含

め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立っ

て原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の裁量に属する

慰謝料額の算定の不当をいうものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田

昌道)

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